朝、豆を挽きながら考えていたことがある。

「なぜ人は、少し知識がついた瞬間に、黙ってしまうのか」と。

脱炭素の話をすると、最初はみんな元気だ。再エネがいい、EVがいい、省エネしよう。ところが、ほんの少し勉強した頃に、決まって同じところで立ち止まる。

「先生、核のゴミって、どうするんですか?」

その問いが出た瞬間、場の空気が微妙に変わる。誰かが「それはまあ……」と言いかけて、話題が流れていく。

おれはその瞬間を、何度も見てきた。

そもそも「核のゴミ」って何だ

難しい言葉を使う前に、一回整理しよう。

原子力発電所は、ウランという物質を燃料にして電気をつくる。燃料が使い終わった後に残るものが「使用済み核燃料」だ。これが、いわゆる「核のゴミ」の正体である。

厄介なのは、使い終わったこの燃料が「まだ熱くて、放射線を出し続けている」という点だ。

バーベキューを思い出してほしい。火が消えた後も、炭はしばらく熱いままだ。うっかり触れば火傷する。でも炭の場合は、数時間もすれば冷える。

核のゴミは違う。「数時間」ではなく、「数万年」単位で熱と放射線を出し続ける。

現在、日本ではこの使用済み核燃料を再処理してリサイクルする「核燃料サイクル」という方針をとっている。その過程で出る最終的な廃棄物を「高レベル放射性廃棄物」と呼ぶ。ガラスと混ぜて固めた「ガラス固化体」という形にして、現在は青森県六ヶ所村の高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センターに一時保管されている。

日本原燃 廃棄物管理事業の概要

最終的には、地下300メートル以上の深い地層に埋める「地層処分」が国際的な方針だ。地下深くの安定した地層であれば、数万年にわたって人間社会から隔離できるという科学的根拠がある。フィンランドでは「オンカロ」という最終処分場がすでに建設中で、2020年代中に稼働予定だ。技術的に「できない」話ではない。

日本では2020年11月、北海道の寿都町・神恵内村で最終処分地選定に向けた「文献調査」が開始された。2024年11月には文献調査報告書が公表されたが、次の段階である「概要調査」への移行については、北海道知事が反対を表明しており、議論が続いている。

NUMO(原子力発電環境整備機構)調査の状況と対話の記録

現在、日本が保有するガラス固化体は換算で約2万7000本相当(2024年3月末時点)。原発を動かし続ける限り、この数字は増えていく。

JAERO(原子力環境整備促進・資金管理センター)高レベル放射性廃棄物

「動かすな」は、答えではない

ここで立ち止まってほしい。

「核のゴミが解決していないなら、原発を動かすべきではない」という意見がある。感情論ではなく、論理として成立している。おれはその意見を軽く見ない。

ただ、こういう現実もある。

日本にはすでに、数万本のガラス固化体が存在する。原発を今日すべて止めても、そのゴミは消えない。「やめれば問題がなくなる」ではなく、「もうある」のだ。止めることと、捨て場を決めることは、別の問題として並走している。

エネルギーの文脈でも、原子力は発電時にCO₂をほぼ出さない。太陽光や風力が天候に左右される不安定さを持つ中で、安定した大量供給ができる数少ない選択肢だ。日本政府が2023年2月に閣議決定した「GX実現に向けた基本方針」で原子力の活用を明記したのも、この現実の上に立った判断だ。

経済産業省「GX実現に向けた基本方針」閣議決定

問題の構造を整理すると、こうなる。

  • 核のゴミは、原発を動かしても止めても「すでにある」
  • 地層処分という技術的方法論は、国際的にほぼ確立している
  • 日本で処分地が決まらない最大の理由は、技術ではなく「誰も引き受けたくない」という社会的合意の問題だ
  • 「引き受けたくない気持ち」は理解できる。しかしそれを全員が続けると、永遠に決まらない

これは「解けない問題」ではない。「決めるのが難しい問題」だ。

その違いは、大きい。

「大人の仕事」とは何か

コーヒーを一口飲んで、おれはいつも同じことを思う。

昭和の現場では、誰かが「ここで切る」と決めなければ、ものはできなかった。設計図通りにいかないことの方が多い中で、職人たちは毎日「どこかで線を引く」判断をしていた。完璧ではないかもしれない。それでも「決める人間」がいなければ、何も前に進まない。

脱炭素も、核のゴミも、本質は同じだ。

「完璧な答えが出るまで決めない」は、選択肢ではない。何も決めないことも、ひとつの決断であり、その結果の責任は誰かが引き受けることになる。多くの場合、それは次の世代だ。

あなたが大企業で研修や人事を担当しているなら、この問いを社員に投げかけてほしい。

「核のゴミの問題を、あなたはどう考えますか?」

「反対」でも「賛成」でも、それだけなら子どもでも言える。問いたいのはそこではない。

自分が何を選ぶにしても、その選択の先に何が起きるかを、どこまで引き受ける覚悟があるか。片方の現実だけを見て叫ぶのではなく、両方の現実を理解した上で「それでも決める」ことができるか。

これを問える組織は強い。脱炭素を単なるコンプライアンス対応や、世間体のための看板にしない組織は、ここから生まれる。

研修担当者のあなたの仕事は、「正解を教える」ことではない。「決めることから逃げない人間」を育てることだ。

「核のゴミ」は、その覚悟を試す、格好の教材だとおれは思っている。


豆を挽き終わったコーヒーが、静かに落ちる。

決める人間を育てたい。ただ、それだけだ。

Q. 脱炭素とカーボンニュートラルは同じ意味ですか?

A. ほぼ同義で使われますが、厳密には異なります。 カーボンニュートラルはCO₂排出量を実質ゼロにする「状態」を指し、 脱炭素社会はそれを実現した「社会」を指します。

Q. 日本の脱炭素目標はいつまでですか?

A. 日本政府は2020年に「2050年カーボンニュートラル」を宣言しています。 中間目標として2030年までに2013年比46%削減を掲げています。

Q. 大企業が脱炭素に取り組むメリットは何ですか?

A. 取引先からのESG評価向上、優秀な人材の採用力強化、 エネルギーコストの削減、そして社員一人ひとりの仕事への 意味づけ・エンゲージメント向上が挙げられます。