はじめに:「安全」と「安定」の両立を、社員は理解しているか
ホルムズ海峡危機というエネルギー安保の荒波を受け、原子力発電が再び政策の中枢に位置づけられようとしています。2026年2月時点で日本全国15基の原子力発電所が稼働しており、政府は2030年に向けて原子力比率を20〜22%に引き上げる目標を掲げています。 (出典:資源エネルギー庁「日本のエネルギー2025年度版」)
しかし、この「原子力回帰」の動きには、長年先送りされてきた問題がついて回ります。それが高レベル放射性廃棄物、いわゆる「核のごみ」の最終処分問題です。
発電する恩恵の裏側で、何万年にもわたって管理し続けなければならない廃棄物が出続けている。この現実を、自社の社員はどの程度正確に理解しているでしょうか。
電力関係の企業に勤める社員であれば、業務上の知識として原子力を扱う機会は多いはずです。しかし「核のごみが最終的にどこへ行くのか」「日本の処分計画は今どの段階にあるのか」を体系的に整理して語れる機会は多くない。
この記事は、研修企画担当者の方に向けて、「原子力×核のごみ」というセンシティブなテーマを社員教育にどう取り入れるか、その論点と現状を整理します。
1. なぜ今、原子力が再び注目されているのか
2024年の日本の電源構成は、火力約65%・再生可能エネルギー約26%・原子力約8%です。カーボンニュートラルの目標(2050年)を達成するためには、この構成を大幅に変える必要があります。
政府が策定中の第7次エネルギー基本計画では、2040年に向けて脱炭素電源の最大限活用が明記され、原子力は再生可能エネルギーと並ぶ「エネルギー安全保障に寄与する電源」として位置づけられています。 (出典:資源エネルギー庁「原子力に関する最近の動向について」2026年3月)
世界に目を向けると、欧州各国、韓国、英国などで原子力の新増設・延長稼働が相次いでいます。ホルムズ海峡の地政学的緊張が化石燃料の安定供給への不安を高める中、CO2を排出せず安定した電力を生む原子力への再評価は世界的な潮流になっています。
2. 「核のごみ」とは何か:基本をおさえる
高レベル放射性廃棄物とは
原子力発電所で使い終わった燃料(使用済燃料)を再処理すると、約95%は再利用できます。残りの約5%が廃液となり、これをガラス原料と溶かし合わせたガラス固化体(高レベル放射性廃棄物)として保管します。
このガラス固化体は、天然のウランと同程度まで放射能レベルが下がるまでに、数万年という時間を要します。 (出典:資源エネルギー庁「日本のエネルギー2025年度版」)
なぜ「地層処分」なのか
日本が法律で定めた最終処分方法は「地層処分」です。これは地下300メートル以深の安定した地層に埋設し、人間の管理に依存せず廃棄物を閉じ込めるという考え方です。建物や設備は老朽化しますが、安定した地層は数万年単位で維持されます。 (出典:資源エネルギー庁「2025年、放射性廃棄物の処分プロセスはどうなっている?(前編)」)
3. 日本の現状:処分地は今どこまで進んでいるか
最終処分地の選定は「文献調査→概要調査→精密調査」という3段階のプロセスで進められます。現在、文献調査が行われているのは以下の3自治体です。
| 自治体 | 調査開始 | 現状 |
|---|---|---|
| 北海道 寿都町 | 2020年11月 | 2024年11月に文献調査報告書を公表 |
| 北海道 神恵内村 | 2020年11月 | 2024年11月に文献調査報告書を公表 |
| 佐賀県 玄海町 | 2024年6月 | 調査進行中・対話の場を設置 |
(出典:資源エネルギー庁「2025年、放射性廃棄物の処分プロセスはどうなっている?(後編)」)
フィンランドやスウェーデンは処分地の建設をすでに開始していますが、「地層処分の実施を決めてから30年以上の歳月をかけた」と資源エネルギー庁の資料は述べています。日本はまだ第一段階の「文献調査」の段階にあり、処分地が決まるまでにはさらに長い年月がかかる見通しです。 (出典:資源エネルギー庁「最終処分に関する最新の取組状況について」2025年4月)
4. 技術的突破口:廃棄物の毒性期間を大幅に短縮する研究の最前線
地層処分が唯一の答えかというと、技術的には新たな選択肢も生まれています。
ダイヤモンド・オンラインの2026年4月の報道によれば、東京科学大学の近藤正聡准教授が研究する「加速器駆動型未臨界炉(ADS)」は、数万年単位とされる高レベル放射性廃棄物の毒性期間を大幅に短縮しながら、同時に発電も行うという革新的な技術です。長年実現を阻んできた液体金属による腐食問題に対し、「自己修復する合金」という解決策を見出し、大学発スタートアップ「Lead accel」として実用化に向けて動き出しています。 (参考:ダイヤモンド・オンライン「核のごみ問題を根底から覆す加速器駆動未臨界炉(ADS)の正体とは?」2026年4月)
これはまだ研究段階ですが、「核のごみは数万年管理しなければならない」という常識が、技術の力で変わりつつあるという事実は、社員教育において重要な視点を与えます。
5. 企業として何を考えるべきか
電力関係企業の社員にとって、「核のごみ問題を理解している」ことは、顧客・地域・社会との対話において不可欠な素養です。以下の3点を押さえておくことが実務上の最低ラインです。
① 原子力は「出口問題」と切り離せない 発電のメリットだけを語り、廃棄物の問題を「専門家が考えること」として切り離すのは、社会的な信頼を損ないます。エネルギー安保とカーボンニュートラルの観点から原子力の意義を説明できる一方で、廃棄物の現実を誠実に語れることが、電力業界で働くプロフェッショナルとしての基本姿勢です。
② 最終処分の「社会課題」としての性格を理解する 地層処分地の選定は、科学的な問題であると同時に、地域との合意形成という社会課題でもあります。「どこか遠くに埋めればいい」という感覚では、地域住民との対話は成立しません。
③ 技術の進展を継続的に把握する ADSのような技術革新が進む中、「核のごみ問題に出口はない」という固定観念もアップデートが必要です。社員が技術の最前線を把握することで、建設的な議論が生まれます。
6. 研修に取り入れるために:一方通行にしない工夫
核のごみというテーマは、社員が「難しくて退屈」と感じやすいテーマの代表格です。しかし、工夫次第で主体的な議論を引き出すことができます。
有効なアプローチ
- 問いから入る:「もし自分の住む地域が文献調査を受け入れると言ったら、あなたはどう感じますか?」というリアルな問いは、知識の前に当事者意識を生みます。
- トレードオフを体験させる:カーボンニュートラル・エネルギー安定・廃棄物リスクという複数の要素を同時に考えさせることで、「正解がひとつではない問題」の構造が見えてきます。
- 講義ではなく対話で進める:専門知識を一方的に伝えるスタイルでは、受講者は受け身になります。体験型のワークや問いを軸にした進行が、このテーマの理解を深める上で効果的です。
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参考情報
- 資源エネルギー庁「日本のエネルギー2025年度版 9.原子力」
- 資源エネルギー庁「原子力政策に関する最近の動向について」2026年3月
- 資源エネルギー庁「2025年、放射性廃棄物の処分プロセスはどうなっている?(前編)」
- 資源エネルギー庁「2025年、放射性廃棄物の処分プロセスはどうなっている?(後編)」
- 資源エネルギー庁「最終処分に関する最新の取組状況について」2025年4月
- ダイヤモンド・オンライン「核のごみ問題を根底から覆すADSの正体とは?」2026年4月
よくある質問
Q1. 高レベル放射性廃棄物と低レベル放射性廃棄物の違いは何ですか?
A. 高レベル放射性廃棄物は使用済燃料の再処理から生じるガラス固化体で、放射能レベルが高く数万年単位の管理が必要です。低レベル放射性廃棄物は発電所の運転・解体時に発生する作業服や機器類などで、比較的放射能レベルが低く、浅い地層への埋設処分が行われています。
Q2. 日本の最終処分地はいつ決まりますか?
A. 現在は第一段階の「文献調査」の段階です。文献調査→概要調査→精密調査という3段階のプロセスを経て処分地が決定されますが、フィンランド・スウェーデンの事例を参考にすると数十年単位の時間がかかる見通しです。
Q3. 核のごみ問題が解決しないまま原子力を推進することは矛盾しませんか?
A. この問いに「正解」を出すことは難しく、社会全体で議論すべき問題です。資源エネルギー庁も「高レベル放射性廃棄物の最終処分の実現は原子力を利用する全ての国の共通課題」と述べており、利用の是非と廃棄物管理の両方を誠実に議論することが求められています。
Q4. 社員が「難しすぎる」と感じるテーマをどう研修に取り入れればよいですか?
A. 知識を詰め込む講義形式ではなく、判断を迫るシナリオや問いを中心にした体験型のアプローチが有効です。正解のない問題を「考える経験」そのものが、社員の当事者意識を育てます。
この記事は株式会社ジョブオールが提供する脱炭素研修の知見をもとに作成しました。研修の詳細・ご相談はお問い合わせください。
